23 曽我梅林

 

推進のことばいちろう

2月になると、梅の里曽我は2万本の梅樹がいっせいに咲き香り、白い樹海の上の霊峰富士の眺望がすばらしい。

 

ヒント

曽我梅林

県道72号、「松田国府津線」沿い。梅林が一面に広がっているのですぐ分かります。

小川のほとりに立っているらしいゾ?

 

ウンチ喰う

下曽我駅周辺の中河原・曽我原・別所 の梅林の総称。

この付近の地質が悪かったので、あまり地質を選ばない梅を植えたことが始まり。約3万5千本の梅が薫る

 

小田原の名産といえば、梅干しで、江戸時代に耐久食品として珍重されたのが始まり。市内ではいまもつけ込み業が盛んである。粒は小さいが、肉は軟らかで厚く、しかも出来上がりが優美と評価は高い。

市の北東部、丘陵地帯の下曾我地区にある曽我梅林には、この梅干しの材料となる十郎、梅酒用白加賀を中心にざっと3万本が植えられている。樹齢2、30年から数百年のものまであり、梅の里と呼ばれるのにふさわしい景観を見せている。

小田原で梅干しのつけ込みが盛んになったのは、良質な梅に恵まれていたことと同時に、つけ込み時に必要な多量の塩が相模湾岸の塩田から容易に手に入れることができたからである。

さらに、小田原はもともと温暖な土地柄で、明治時代から保養地として、多くの人々を集めていたことも、つけ込み業に拍車をかけた。

曽我梅林では毎年2月1日から「梅まつり」が行われ、梅の甘酸っぱい香りを求めて、散策に訪れる人々は県内各地から後を絶たない。真っ白い花に、ほのかなピンクをまぶしたような梅の花があたり一面咲き乱れる光景は、まばゆいばかりだ。

 

曽我の里は、小田原の中心街より北東約7キロに位置し、海抜200〜300メートル丘陵を背にした気候温暖な所で、曽

我別所、曽我原、曽我谷津、曽我岸、上曽我の集落の愛称である。ここはまた、日本三代仇討の1つ、曽我十郎、五郎

兄弟の育った場所として有名であり、数多くの史跡も在る。一方、この曽我の里から見る霊峰富士、箱根連山、丹沢山

塊等の眺めもすばらしく影勝也としても秀れている。まさに、自然と史跡の調和した土地の香りのする素朴な里ある。

また、この地は温暖な気候を利用して、蜜柑や梅の栽培も盛んであり、特に梅は小田原梅の産地として知られている。

毎年2月初旬かた下旬にかけて約3万本の白梅が咲き誇り、曽我の里は大きな白布を広げたように白一色となり、どこ

まで行っても白い匂いに包まれる。この頃、約一ヶ月にわたり「梅まつり」が開催され、郷土芸能の寿獅子舞、野点、

撮影会、俳句大会、短歌大会等が催され多くの観梅客賑う。なお、曽我梅林とは、曽我別所梅林、中河原梅林、曽我原

梅林の3梅林総称であり、凡そ、45ヘクタール、3万本の白梅が植えられている。主な品種としては、白加賀(梅酒

用)、杉田(梅酒、梅干兼用)、十郎(梅干用)などである。毎年6月から7月初旬にかけて約400〜450tの生梅が収

穫される。このうち、150〜200トンが梅干用として漬けられ、小田原梅干として出荷されている。