5 塚山公園

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


推薦のことばいちろう

三浦半島の丘陵に立つ按針塚を中心にした公園で、見晴台からの房総の山々の眺めが素晴らしく、桜の季節は美しい。

 

 

 

ヒント

国道16号線からちょっと京急の按針塚駅の方に行くとある。

見晴台が設置してあり、そこにはちゃんとベンチもある。

ここで過去の想い出にひたるのも一興。

石碑はそことは全然違うところにある。(なぬ?ど、どこじゃ!)

昼間は京急安針塚駅からハイキングで登っていく公園です。しかしながらここを夜景スポットとして押さえているひとは少ないです。それはクルマでの行き方が難しいからです。私も何度か失敗して、ようやく見つけました。

まず、わかりやすく説明するために京急田浦駅のロータリーに入ります。ここからR16の上り車線に入り、トンネルのすぐ手前を左折します。ほとんど一方通行のような道で、道なりに進むと「の」の字の坂があり、ひたすた自分を信じて進みます。

ここには、2ヶ所展望台あり、木製デッキに設置されたベンチに座ったまま、横須賀からMM21までの夜景みえます。人もおらず、雰囲気は最高です。またもう一ヶ所からは千葉も見えます!

 

ウンチ喰う

江戸時代の初めに日本に漂着し、徳川家康に重用され、わが国の造船業の先駆者となったウイリアム・アダムス(三浦按針)夫妻の墓がある塚山公園。按針の名をとった京急按針駅から25分の所にあります。

塚山公園は三浦按針夫妻の墓を中心につくられた公園で、展望台からは眼下に東京湾が見渡せる。春には約千本の桜が咲き誇る名所(花の名所100選)でもある。

三浦按針夫妻墓(史跡)

 国指定史跡の墓碑。按針は、英国人で本名はウイリアム・アダムスといい、徳川家康の信任を得て、この地逸見村に250石の領地を与えられ、外交顧問として仕えたほか、砲術・造船術・航海術などの西洋文明を伝えました。妻は江戸日本橋大伝馬町の名主馬込勘解由の娘。毎年4月上旬、その遺徳をしのび、三浦按針祭観桜会が行われる。

1600(慶長5)年、浦賀に上陸したイギリス人ウィリアムアダムスは、幕府顧問に取り立てられ家康から横須賀に領地を与えられ三浦按針と名乗った。

按針とは羅針儀により船の進路を按ずるとの意で、水先案内人のこと。

400年たった現在、横浜港には10隻のパイロットボートがあるが、船名はいずれも「按針」である。三浦按針は現代の水先案内人達にとっても誇りである。

県立塚山公園は、江戸時代の初め日本に漂着し、徳川家康に重用され、わが国造船業の先駆者となったウィリアム・アダムス(三浦按針)夫妻の墓があることで知られている。京浜急行逸見駅からも行くことができるが、按針の名をとった按針塚駅を出発点とするのがコースにふさわしいだろう。

駅前を左に折れ、25分ほど歩くと目指す塚山公園に着く。面積は5.8ヘクタールと東京ドームのほぼ4倍の広さ。公園一帯には、桜、梅、松、杉、椿など多数の樹木が生い茂っているが、とりわけ、桜は美しい花を咲かせ、時期には名所のひとつとなっている。

=園内の見晴らし台に立つと、横須賀市の地形と街の様子が手にとるようにわかり、興味は尽きない。

公園の中央広場の近くに足を運ぶと、ウィリアム・アダムス夫妻の墓がある。1600年(慶長5)4月に九州の豊後(現在の大分県)に、「リーフデ号」という一隻のオランダ商船が漂着した。この船にアダムスが水先案内人として乗り込んでいた。

当時、水先案内人は按針と呼ばれたので、その名をとり、知行地の三浦を姓に三浦按針と名のった。日本人を妻とし、2人の子供をもうけたアダムスは、徳川家康の通商・外交顧問として活躍し、造船、航海などの技術を日本へ伝えたのである。

現在、按針塚とよばれ、県の指定史跡になっている2つの宝篋印塔は、アダムスと夫人の供養碑である。アダムスをたたえる按針祭は、黒船祭、横須賀製鉄所開所記念祭と並ぶ横須賀三大国際祭りのひとつとして、毎年4月14日に盛大に行われている。